das(平塚弦楽ゾリステン)の第13回定期の本番が終わった。ここでの演奏会はいつも印象深い。今回も、バルトークの「弦楽のためのディヴェルティメント」を、指揮者なしで、アンサンブルの乱れなく(!!)、一定の音楽的水準を達成できたことは大きな感動だ。個人的には悔いが残る点が多々あるものの(一楽章の長いフレーズ:盛り上がりきれず、羽ばたききれず。一楽章の五度重音の旋律:歌いたいがためにちょっと遅れ気味。三楽章の最後の音階:出始めのテンポを誤り、途中から修正しようとして中途半端になった....)、こんな曲のソロを弾かせて戴けるなんて、チェリスト冥利に尽きる。演奏を終えたときはほっとしたものの、もうこれでこの曲を弾かなくなるのか、と、喪失感でいっぱいになった。
それにしても、バルトークってすごい。
● self-similarなモザイクパズル
指揮者がいないので、各演奏者の息と弓と音が頼り。他のパートの旋律を暗譜しておかなくてはならない。しかしこれが難しい。(いっそスコアを見ながら演奏しようかと思ったが、譜めくりを考えると現実的ではない。) いや、通常私は暗譜は得意で、大抵の旋律は一回聞けば覚える。しかし、この曲の場合なぜか暗譜しにくいのだ。
一楽章の冒頭、1st Violinによる第一主題(これが覚えられなくてどうする)からラビリンスだ。「ファ ミ レ♭ミレドーー」 ここまではよい。これをどう受けるか。1) 「シドー」 2) 「シドレドー」 3) 「シドレ♭ミファドー」 ... どれが来てもよいように思える。(正解は、1), 3), 2)の順。しかしフレーズはまだまだ続く...。)この他にも、リズムの変化形(「シドレドー」と「シドーレドー」)、音の入れ替え(「ラファソドラ」と「ラソドファラ」)、反行形(「ファソラ」と「ファミレ」、「#ドレミレド」と「#ドシラシド」)などがあり、フレーズは、それらパーツを組み合わせたパズルのように構成される。また、各パートが微妙にパーツを使い分けるので(例えば、あるパートが"タター"というリズムのときに、他のパートが"タータ"というリズム)、直感的には、聴いていると訳がわからなくなる。が、しかし、聴かなければ合わせられない。
フレーズも、繰り返し同じ調や違う調で出てくるが、それぞれ微妙に音形や長さ、小節数が異なる。各パーツが恣意的に結合され、フレーズの反行形も多用される。(「ファ ミ レ♭ミレドーー」に対する「ファ ♭ソ ♭ラ ソラ♭シー」、は完全な鏡であるが、下向4度の反転は、上向4度ではなく上向5度(=下向4度の1オクターヴ上)だったりする。)
● 遠隔調
自分のパートの音は譜面を見ればよいので必ずしも暗譜する必要は無いが:)、暗譜以前に、直感的にソルフェージュできない、というところがある。日常的な音程感が裏切られるのだ。一楽章に印象的なtuttiでのトニック和音強奏があるが、E-Durの直後にB-Dur、Es-Durの直後にA-Durと、とてつもない転調をする。また三楽章では、CelloのC-Durと1st ViolinのGes-Durが、複調で、同時進行する。この、E-Dur/B-Dur, Es-Dur/A-Dur, C-Dur/Ges-Durは、近親調を辿っていくと一番遠いところにある関係で、遠隔調という(と正門先生が教えてくださった)。
この「遠隔調の複調」、という状態で内声を担当したりすると、まず一発ではソルフェージュできない。しかし、慣れてくると、何とも清冽で澄んだ響きに聴こえてくるのが不思議だ。
ちなみに、1オクターヴで一周するように円を描くと(半音=30°)、E-Dur/B-Dur, Es-Dur/A-Dur, C-Dur/Ges-Durは、丁度180°のところに位置する。これも思わぬ発見。
● Divertiment ?!!
ところでDivertimentって、喜遊曲という訳で合ってますよね?確かに、三楽章のロンドや一楽章の再現部あたり、喜んでいる感じがしなくもないが、ニ楽章なんてまるでカフカの「変身」だし、幾何学的な中にも、情感的、官能的な和声と旋律がちりばめられている。
スコア(Boosey&Hawkes)の序にあった、バルトークがこの曲を作曲中に妻に書いた手紙がふるっているので、引用してみる。
「Divertimentとは、大雑把にいうと愉快で楽しめる音楽という意味だ。少なくとも、僕に関して言えば、この曲はとても楽しめる。他の人にとってどうかは別だけれどもね。Sacher(この曲の委託主でバーゼル室内オーケストラ指揮者)は、シンプルな曲を所望した。シンプルさは軽さももたらす。そして、実際、この曲は軽いものになった。ただし、一楽章だけは少し気難し気なモチーフを持つ。また二楽章は軽くはない。..」 うーむ、どっちなんですか。:)
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バルトークの音楽には、黄金分割やフィボナッチ数列が使われていると言われるが、それが具体的にどのように適用されているのか迄はよくわからなかった。でも、確かにフラクタル的であり、何よりもすごくいいのは、「直感裏切られ感」を解決したときの爽快感だ。フラクタル、直感裏切られ感は、実際仕事にも大いに関係あるので、別途書くつもり。
今回、このメンバーでバルトークが弾けて本当によかった。(バルトークだけでなく、ラターもフェラーリもよかったけれど。)また、根気強くご指導して下さった正門先生にも、深く感謝します。ありがとうございました。
P.S. 正門先生エッセイ
こんにちは。汐留の通信会社からお給料を頂いておるささきというものです。
#秋田のJANOGで秋田IX見学に向かうタクシーに同乗しておった者ででございます。 :-)
今日のお昼にWebをクリクリしておりましたらこちらのブログを発見してしまいました。
> 1オクターヴで一周する..(略)..丁度180°のところに位置する。これも思わぬ発見。
この話に触発されまして一つウンチクを...
ポピュラーミュージックの世界では5度下がるコード(和声)進行が基本になってます。
「ポピュラー」つって60年代までの話なので過去形かな。んで、5度下がるシーケンスを
C→F→B♭...というように環状に12音を配置したものを五度圏(Circle of Fifth)と
申しまして、これでコード進行を分析をしたりするミュージシャンも(結構)います。
増4度はこの五度圏でもまた180度の位置関係です。昔の曲だとほとんどこの円に
沿ったコード進行だけ(すなわち5度進行ばっかり)というものもけっこうあります。
この五度圏を分析だけでなく、バルトークのように(ってかバルトークの真似してかな?)
作曲のネタにつかう人もおります。ジャズの世界では60年代後半にジョンコルトレーン
というサックス吹きがだいぶこれに凝りました。YouTubeに譜面付きのコンテンツが
あるのでご紹介します。曲名は"Giant Steps"です。
ttp://www.youtube.com/watch?v=2kotK9FNEYU
ためしに曲の頭のコード進行を取りますと、B→D→G→B♭→E♭といった具合です。
これを五度圏にあてはめますと、3歩、1歩、3歩、1歩という具合の"Step"に
なっています。これをさらに繰り返すとすぐに元の音ににもどっちゃいますが、
それだけじゃつまらないので、途中で増4度の進行で円の反対側に6歩
"Giant Steps"したりします。この曲をコルトレーンがやりはじめた時には、
こんな激しいコード進行をやる人は(ジャズ業界には)他におりませんでした。
この↑曲のピアニストのトミーフラナガンという人はうまくメロディーを紡げず(*)に
途中からコードを弾くだけでお茶をにごしております。たぶんコルトレーンに
「このコード進行でお願い」といきなり言われて目が点になったとものと想像されます。
対するコルトレーンは自分で作曲したのは別としても、相当事前に練習したようで、
異様にすらすらとメロディーを吹ききっており対象的です。
(*)... 「ジャズ」というぐらいでコードは決まっていますがメロディーは即興です
ウンチク話は以上でございます。
新しいお仕事でも河野さんの益々のご健勝・ご活躍を心より祈念しております!
-sasaki
投稿情報: ささきかずよし | 2007.05.23 22:56
ささきさん、
YouTubeみましたー。すげー、としかいいようがありません。目を瞠るばかり。(この、楽譜とのsyncもすごいですね。。)
ところで、Circle of Fifthは左回り(5度下降 : C->F->♭B->♭E...)ですよね。これは、Cを鳴らしたときの倍音列がC♭7になるのでFに行くのが自然だから、ということのようですが、バルトークはこれの裏(5度上行)の裏(それを逆さにする)をかいて、4度下降というのをやってくれます。それも一番盛り上がるところで。これがまたすごいんです。
理論的なことをもっと勉強してみたくなりました。ささきさん、ぜひぜひこれからも、もっと薀蓄を聞かせてください。(この業界の音楽家、また一人発見!)
投稿情報: Miya | 2007.05.24 00:26
どうもどうも。実はウンチクそんなにないんですけどね。
河野さんの文章読んでて"Divertiment"聴きたくなってきました。
CD探して買ってみようと思います。
追伸:
先に「60年代後半にジョンコルトレーン...」と申しましたが、
自分で頭に「?」が浮かんであらためて調べたら59年録音でした。
ウンチクといってもまぁこんな程度のものでございます。(^^;;;
投稿情報: ささきかずよし | 2007.05.25 06:58