年末の端境期に、ピアノ調律(年1回)と、チェロの調整(こちらは不定期だが年に1-2回)を行った。
音は純粋な物理現象だから、その調整にはもっと科学的・合理的な方法があってもよさそうなものだが、この現代においても、楽器の製作・調整は完全な属人技である。特に弦楽器なんて木に4本の弦が張ってあるだけのシンプルな構造なのに、何故こんなにも奥が深いのか。複雑多様な外的要因に対応するためには、相応の複雑多様性が必要(アシュビーの法則)なので、楽器の構造がシンプルであっても、その分それを扱う者には複雑多様性が求められるのかな。
このところずっと、発音を良くしたい、音の立ち上がりをシャープにしたいと思い、そのために、張りの強めの(そして値段も高めの...ラーセン-ソリストとか、エヴァ-ソリストとか...)弦を張り、弓の毛で弦をしっかり捉えようと右手をいろいろ工夫していたが、なかなか思うように行かなかった。そんなとき、弦楽器製作者の重野汎さんをご紹介戴いた。
初めて楽器を持って工房にお邪魔したときは、いきなり、「ちょっと弾いてみてください」と言われ、戸惑った。おずおず弾くのを腕組みして聴いていた重野さんは、楽器がもっと自然に響くようにと、駒と魂柱を作り直して下さった。弦についても、「最近は張りの強い弦が出ているけれども、もっと柔らかめな弦の方がよいのではないか。AD線はヤーガー、GC線はスピロコアでもタングステンでなく普通のクロームがよい。」重野さんの持論は、「全く無理なことをせずに、弓を自然に動かすだけで、音は立ち上がってくるし、響く」、というもので、彼のセッティングのおかげで、私の楽器も、そして弾き方も確かに変わった。(弾き方の方はまだまだだけれども。)「楽器が持つ方向、調整者、演奏者の求める方向の3つが全て同じ方向に向かったときに、よい音が出せる」とも仰る。音という自然現象に対峙する深い洞察、飽くことない音の追求により培われた技術と理論に、畏敬の念を覚える。
下記は、その他、具体的な諸注意。
- 調弦により駒が微妙にネック側に傾くが、そうなると弦にかかる重さが楽器にまっすぐに伝わらなくなり、音に影響してしまう。調弦のときは、必ず駒のテールピース側が楽器に対して直角になるように注意する。
- 弦の巻き方でも微妙に音が変わってしまうことがある。巻き始めの弦を弦自身で抑えるように巻くと安定する。
- 弓がすべってくると、普通は松脂が足りないのだと思い松脂をつける。それでも改善しなければ、弓の毛を交換する。しかし実際は、松脂のつけすぎや、松脂の成分が残っているために、音を出させにくくさせている可能性の方が大きい。余計な松脂は徹底的に取り去る。(重野さんは、歯ブラシで弓の毛を鋤いて(!)、松脂をまんべんなく落とす。こうすることにより、弓の毛が切れて少なくなるような状態にならない限りは、毛替えの必要も無いと仰る。)
弾き手の動作が、楽器本来が持つ自然な発音を邪魔する要因になる、ということを改めて認識する。江口さんがよく仰る「楽器が喜んでる・喜んでない」というのも、そういうことなんだな。
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